2003年9月9日 新宿厚生年金会館で休業明け初めてのコンサートが開催された。
私は知り合いに誘われ、何年ぶりかでその冬美ちゃんのコンサートの昼の部を観にいった。
それ以前に行ったのは銃爪を歌っていた頃だから、どのくらいぶりだったんだろう・・・
どんな理由で休業していたのか、どのくらい長い間休んでいたのかも知らず、でもCDでは冬美ちゃんの歌をとてもよく聴いていて、生で観る人ではなくCDの中に住んでいる人。テレビの中の人として冬美ちゃんを大好きだった。
席も一般だから15列よりは後ろだったと思うが、そのときの感動は衝撃的で、昼の部に誘ってくれた知り合いを見送ってから即刻会場に戻り、夜の部のチケットを当日券で購入して、もう一度観た。
何もかもがかっこよくて、真剣で、何故こんなにかっこいいのか、どこにこんなに惹かれるのか全く説明はできないけど、とにかくもっともっと観たくなった。
そのコンサートでは岸壁の母が披露され、二葉百合子先生の名前が出た。
このとき、私は二葉先生の名前も、岸壁の母が二葉先生の歌っている歌だということも知らなかった。
何故、冬美ちゃんが復帰にあたって歌謡浪曲を歌うのかもわからなかったし、もともとを知らないからそれが上手いのかどうかもわからなかった。
そんなことより、あまりにも真剣にコンサートをする冬美ちゃんというか、そのときは「坂本冬美」に完全に心を射抜かれていた。
ファンクラブに再度入会し、会報を待ち、都内近郊のコンサートに行き始め、新橋演舞場へカード払いで何度も通い、やがて地方のコンサートにまで行くようになってくると、CDやTVの中とは違う冬美ちゃんの人柄に何度も驚かされることになった。
大スターなのに、「緊張する」と言い、自信がなさそうな発言をし、なんでもスマートにこなす印象のクールビューティとは違う、努力家であることがわかっていった。
特に、コンサートで見せる歌謡浪曲のときの表情は、なんでこんなにキレイな美人演歌歌手なのに、その表情を崩してまで歌うのだろうか、演りたいのだろうかと何度も疑問に思った。
しばらくして、二葉先生の単独公演の会場に冬美ちゃん目当てで行って、二葉先生の生の歌声を一声きいて・・・・絶句した。
「凄い」
そうとしか言いようがなかった。
それからしばらくして、何人かの歌手の方が出るイベントで、二葉先生と冬美ちゃんが共演して「梅川忠兵衛」を歌うのを観た。何回か開催されるイベントなので、月イチくらいで3回は観たと思う。
冬美ちゃんは二葉先生と歌うたびにメキメキと成長していた。それが素人の私にわかるくらいメキメキという音が聞こえるくらい変わっていった。
地方公演で冬美ちゃんの出番も少ないので、冬美ちゃんのファンでも来ている人は少なかったが、どうしても二葉先生と冬美ちゃんの共演はたくさんのファンの人に見てもらいたい!そう思った。
ほどなく、冬美ちゃんの明治座公演に二葉先生がゲスト出演することが発表され、たくさんの冬美ちゃんファミリーが二葉先生と冬美ちゃんを観ることができた。
そのときの二葉先生は大先輩であり、勲章をもらうほどの国宝級スターにもかかわらず、冬美ちゃんファミリーに向かって何度もお礼を言ってくれていた。
「こんな大舞台でたくさんのお客さんの前で歌えてうれしい。冬美ちゃんをこれからも応援してあげてね。よいファンの方々に恵まれて、私もうれしい。」
そんな風に自然に話す先生の姿に、だから冬美ちゃんは二葉先生に弟子入りしたんだ。
努力を続け、感謝の気持ちを常に持ち、もっともっとと歌の道を進む先輩であることが、歌声から伝わって冬美ちゃんに届いたんだ。だから先生だったんだ。と復帰コンサートでの謎がやっと解けたような想いだった。
芸能界でなくても、歌手でなくても、登っていくときは楽しいし、そこが頂上だと見えてくれば降りるのが怖くなる。頂上が見えずに登り続ければ不安になる。それでも前へ進むから一山超え、また一山超えていくうちに誰も登れなかった場所に到達するのだと思う。
これは、冬美ちゃんを真剣に見ていると何度も感じる。そして、二葉先生の歌声を聴くとそれが確かなことがわかる。
毎日少しづつ、自分に厳しく前へ進む努力をして積み上げた芸歴。
それが何年だからスゴイ、何十年だからスゴイのではなく、何年やっているかは知らなくてもその歌声を聴いただけで無条件に「凄い」と感じる。それが登り続けてきた人しか手に入れられないもので、人の心を捉え、人の心に伝えることができる歌声なのだと思う。
風に立つを歌う冬美ちゃんの説得力。乗り越えてきたから歌える歌。
冬美ちゃんの歌声を聴いて、歌詞がストレートに心に届くのは、冬美ちゃんが積み上げてきた心が技となって訴えかけてくるのだと、二葉先生の声を聴いて気付かされる。
復帰コンサートで聴いた冬美ちゃんの岸壁の母から感じたものは、復帰できたことへの先生への感謝だったのかもしれない。
二葉先生が歌う岸壁の母から感じるのは、戦争はしてはいけない。何があってもしてはいけない。
その気持ちだった。
その後も、コンサートでは別の演目であっても歌謡浪曲が入るようになり、その歌謡浪曲からはストーリーや主人公の気持ちがわかるようになってきた。
ただ、何度も感じるのは、最初に感じた疑問の美人演歌歌手の冬美ちゃんが表情を崩してまでなぜ歌謡浪曲を歌うのだろう・・・ということだった。
レギュラーのコンサートツアーに入れなくても、明治座などの劇場公演の目玉にもなるし、歌う冬美ちゃんは大変そうに見えるし、浪曲や民謡をやっていて演歌歌手になった人もいるのに、休業中から始めて歌謡浪曲を看板にする歌手になれるのか。演歌だけを歌っていれば押しも押されぬ大スターで誰よりもヒット曲も多いのに、更に幅を広げる必要はあるのか。と。
一番思ったのは、20周年記念のコンサートツアーで新作の歌謡浪曲が披露されたとき。
今思えば冬美ちゃんとしては当然の考えだと理解できるが、当時の私は、20周年であれば過去20年分の足跡を辿るような構成になると思い込んでいた。
ヒット曲やシングル曲のメドレーがあって、節目の曲がフルコーラスであって、デビューからの思い出をファンと共有するような、そんなコンサートになると勝手に思っていた。
始まってみると、そんな感傷はどこにもなく、新作の歌謡浪曲をピリピリする緊張感で歌う冬美ちゃんがいた。
まだまだ登る気なんだ。過去より未来を見て進む人なんだ・・・と本当に驚いた。
25周年を控える頃になると、ロックの「アジアの海賊」、POPSの「また君に恋してる」と挑戦は続き、それを見事に確立してしまった。
その間も、コンサートでの一番の見せ場は歌謡浪曲になっており、その真剣なまなざしが緩むことは一度もなかった。
2012年6月13日。
コンサートツアーでは復帰ツアー以来となる岸壁の母。
語りも入る二葉先生ならではのバージョンを披露するという。
二葉先生の歌声で何度も生で聴いている演目を、冬美ちゃんファンとしてはどう感じればいいのかと正直、聴くまでは不安が大きかった。
コンサート中盤、いよいよ岸壁の母のものと思われる映像が流れはじめ・・・二葉先生の語りがはじまると思いきや・・・
冬美ちゃんの声で語りがはじまる。
やさしい声のはずの冬美ちゃんの声が、ピリっと引き締まって聞こえる。
かなり長い語りだが、聞きにくいところもなく、ストーリーが映像と相まって脳裏に浮かんでくる。
控えめな黄色の着物に、派手すぎない髪型で凛とした冬美ちゃんがゆっくりと登場する。
聴きなれた歌声を心に浮かべたその時、発せられた一声は・・・・
違う!!ぜんぜん違う!!!
心に描いていた、今まで聴いてきた冬美ちゃんの岸壁の母の出だしの声とまったく違う。
冒頭部分だけかと思ったら、その先もずっと聴いたことのない冬美ちゃんの声で、語りも交えながら母の悲哀が伝わってくる。
実際には最初に発した一声以降の記憶があまりない。
驚くことに、その第一声で感じたことは
「凄い」
ということだけだった。
岸壁の母が終わり、暗転の中、冬美ちゃんが教えを乞うたのが何故、二葉先生だったのかがはっきりとわかった日のことを思い出しながら、二葉先生が岸壁の母を歌い継ぐ人として選んだのが何故、坂本冬美だったのかがはっきりとわかった。
努力をしながら登り続け、感謝の気持ちを持ち続け、それが歌声となって人の心に届けられる技として身に付いた人。
そして、これからもその努力をし続け、登り続ける人として、岸壁の母に込められたメッセージを後世に伝えるために、坂本冬美は選ばれたのだとわかった。
冬美ちゃんが一番その意味を理解していたので、あんなにも素晴らしい一声が出せるほどに努力を積み上げてきたのだとわかった。
その想いはしっかりと一度の歌声で、いや、第一声だけで、この胸に届いたのだ。
コンサートの終わりに、冬美ちゃんはこんなことを力強いことを言ってくれた。
「二葉先生ほど長い間はできないかもしれませんが、50周年まで・・・あと24年なら69歳。それくらいなら頑張れると思いますので、よろしくお願いします。」
使命のある人の心は、言葉は強い。
歌声もきっとそうなんだ。
岸壁の母には坂本冬美が必要で、坂本冬美には岸壁の母が必要なんだ。
この日に始まった岸壁の母と坂本冬美の新しい物語を、
私はずっと見守り、応援し続けたいと思った。
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コメント
冬美ちゃんの険しくも登りつめた歌手人生を見つめる素晴らしいお話を読ませて頂きました。感動感動でした!ふと気付くと涙を浮かべながら読んでいました!我慢努力と苦難を乗り越えて来た1人の演歌歌手を改めて尊敬できました。身近に感じて居たはずなのに、遠いファンで有ったのかと思う自分に改めて「人生一度の真剣勝負に懸ける芸人冬美」ちゃんの生き様を知り、私自身生温い人生に勝つを入れる気分です。