2020年12月8日島根コンサートレポ

~2020年のコンサートは5日間のみ~

2020年はコロナにより、お正月の新歌舞伎座公演が終了してからは次々と決まっていたコンサートが延期になり、博多座公演は中止。

3月のコンサートが6月に延期になった頃は、ワクチンは1年後なんて情報は気にもせず、ちょっと先延ばしになっただけだと信じていた。

それが緊急事態宣言や、ライブハウスや小劇場でのクラスターだの、ソーシャルディスタンスだの騒がれはじめ、世の中すべての舞台公演やコンサートができない状況に。

7月頃には客席の前後左右を空けて客数を50%以下にすれば開催できるとか言われはじめ、現実的ではないと思っていたのに本当にその形式で8月頃からポツポツとコンサートが再開し始められた。

リモート飲みやら、配信ライブやらが主流になりはじめ、「無観客」という言葉も当たり前のように聞こえてきた。

生のステージを行うにはリスクが高すぎて、そのころに徹子の部屋の出演からお仕事を再開した冬美ちゃんが同番組で「自分の母親がコンサートに行く。と言ったら止めると思う」と発言された。

棚橋さんのインタビューでは、コンサートが再開できたとして、幕が上がって客席を見たときにどんなショックを受けるだろうと心配する発言をされていて、更に「生の自分が必要とされていない」というようなことまでおしゃっていた。

コロナが来てから、最初に泣いたのは、このインタビューを読んだとき。

いつでも、あんなに幸せなコンサートを届けてくれる冬美ちゃんに、何もできない無力感。応援の仕方がわからない。

リスクを考えたら、コンサートを再開して欲しいなんて絶対に言えなかった。

9月1日・2日には五木さんのソーシャルディスタンスコンサートへのゲスト出演が決まっていたけど、その先の9月17日の冬美ちゃん単独の名古屋コンサートはきっと中止だと思っていた。

実際、五木さんのソーシャルディスタンスコンサートでは、前後左右を空けた客席に愕然として、こんな客席に向かって歌わなくてはいけない冬美ちゃんがいたたまれなくて、開始前に泣いた。

実際にはわずかな出演ではあったが、しっかりと歌声は届き、3回公演の最後には緊張や戸惑いを超えて楽曲の世界観のみが届く素晴らしい歌唱で紅とんぼを歌ってくれた。

それからも毎日、9月17日が中止になるのか、開催されるのか、やって欲しいのかやらないで欲しいのかわからない日々が続いた。

ついに当日、ソーシャルディスタンス以上にガラガラの客席を前に、「坂本冬美コンサート」は再開された。

そのステージは圧巻で、バンドさんもセットも新しくなった構成の楽曲もひとつも削られることなく夢の世界を繰り広げ、そこにはコロナなんかに負けない最高のエンターテイメントがあった。

昼・夜2回の公演を心の底から楽しみ、夜の部の風うたから風に立つのあたりで号泣した。

なんで?なんで、こんなに素晴らしいコンサートがこれっぽっちの人数しか観られないんだ。そして今後、再びコンサートができる日は本当に来るんだろうか。今日のステージが最後の生コンサートになるんじゃないか。この夢のステージがもう二度と実現できないんじゃないか。。。

コンサートは素晴らしかったけれど、素晴らしかっただけにそれを失うんじゃないかという不安から、とてもとても悲しい気持ちになった。

 

徐々に、感染リスクを避ければ前後左右を空けなくてもいいとか、自治体ごとに自主規制の基準が違うとか、何がよくて、何がいけないのか曖昧になる中、11月9日には川越コンサートが開催された。

2か月前の名古屋がウソのように、前方にギューギューのお客さん。

2階は少しだけ。3階、4階は無人だけども1階はギューギュー。

幕が上がると客席を見た冬美ちゃん自身が驚いて客席に向かって

「だいぶ密に見えますけども、大丈夫ですか?」と。

これなら、12月のコンサートも大丈夫なのかな?と思って12月2日福島いわきコンサートに行くと、今後はまた前後左右を空けたソーシャルディスタンス。だけども4階まできれいにお客さんが入って満席。

主催者さんの気合いに応えるように客席の熱気も冬美ちゃんの気合いも、物凄いものがあった。

そして、今回の2日連続コンサート。

岡山&島根の二日間。

チケットの振り替えがなかったので、客席は川越のようになるのかな?と思いつつも、岡山の会場につくと会場の周りにすでに大量の人がいて密。

会場内にもマスクはしているものの、普段と変わらない客数にちょっと引く。

1列目だけフェイスシールドが配布され、フェイスシールド越しでも集中できるので違和感は掛け声ができないことだけ。

あと、ちょっと舞台の際まで習慣的に踏み出そうとする冬美ちゃんが「あっ」という表情で後ろに後ろに下がっていく。

特に岡山はセット自体がだいぶ奥に配置されていたので、登場の祝い酒も階段中段ではなく地べた部分からの登場。

どのコンサートも始まってしまえば夢の世界が繰り広げられ、1曲1曲に感動があり、席が空こうが隣がいようがいまいが特に気にならなくなってきた。

今年最後のコンサートとなる島根コンサートはこれまた特殊で、昼の部は1階中央あたりまではギューギュー。後方の半分くらいが突如として前後左右を空けるためのソーシャルディスタンス仕様。しかもランダム。だけど座席にはしっかりと「座らないでください」の札もあるし、事前にそういう配置なんだと思われる。

夜の部は特に座席には何も貼られていないけれども前方でもごっそり虫食いのように空席があったり、後方でもギューギューのところもあったりで、まさにランダム。

もういいや。客席のことなんて。私もお客さんなんだから何も気にすることはやめよう。

それより、♪どんな試練が待ち受けようと 夢は貫く最後まで♪とおっしゃっている冬美ちゃんの世界に集中しよう。それを求めてはるばる来たのだから。

といいつつも、3年後にはすでに今の状況が記憶の彼方に消えてなくなり、全会場ギューギューのコンサートに戻っているだろうから、そのときにさらに幸せを噛みしめるために、書き残しておこう。

そんな時代もあったねと いつか笑って話せるわ だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう。

と中島みゆきさんもおっしゃってることだし。。。

 

<本題 島根コンサート>

2ベルと同時に拍手での「ふゆみ!ふゆみ!(実際にはパンパンパン!パンパンパン!)

SEがはじまり、緞帳が上がると軽く手を広げて少し眩しそうな冬美ちゃん。

この瞬間に客席が見えているのかいないのか・・・

いつものように、客席を少し見渡しながら、プラカードでの「冬美ちゃん」コールに軽く頷き、スルリと美声で歌い始める。

初めて冬美ちゃんのコンサートを観た人は、この1曲目の祝い酒であまりにも音源と同じ声が出てくることに口パクだと思う人も多いのではないだろうか。

独特の口の形と音のズレ。大きくも小さくもない冬美ちゃん特有の口の開き方。

顔が小さい。着物を着ていても細い。顎から始まるフェイスラインは彫刻のように美しく、少し首を傾けただけでも絵画のように美しい。

歌い終わりで膝を折ると視線が近づき、真正面であれば目を逸らさないといられない。

オープニングのMCでは、

「感染者が増える中、東京から来て欲しくなかったと思うんです。

 私の母がもし誰かのコンサートに行くと言ったら、今じゃなくてもいいでしょう。もう少しまた来るときでいいでしょう。と止めると思います。こうやって会場にお運びいただいた皆様もご家族に止められたと思います。それでもと命がけでいらしていただきまして、本当にありがとうございました」

といって、土下座でのご挨拶。

何も敷いていないステージに豪華な振袖姿でそのまま膝をついてご挨拶すると、身体が細いから本当に小さく折りたたまれて、さっきまでオーラを放って大きく見えていた大スターさまの華奢な身体が置物のように見える。

だけど、そこから力強く

「精一杯歌わせていただきます!どうぞよろしくお願い申し上げます!」

と宣言。

この言葉がウソだったことは一度もない!それが坂本冬美がステージに立つ覚悟。かっこよすぎる。そして、毎回本当に心底そう思っていることを知っているから余計にかっこいい。

桜の如くでは軽快なリズムに乗せながらも今の状況にぴったりな力強い歌詞が続く。笑顔で歌いながらも日々思い出しては真っすぐに努力する原動力になる歌。

演歌って、こーゆー歌もあるんですよっと♪警戒しないで聴いてちょうだいよっと♪(妄想上の冬美ちゃんの声1)

そして夜桜お七。

桜のセットを背負って、桜吹雪の舞う夜桜お七。

やっぱり「坂本冬美コンサート」で聴く夜桜お七が一番かっこいい。

最後のキメポーズに「冬美ちゃん」コールをかけられないのがもどかしい。

年内最後なんだから今日だけかけちゃおうか。という悪い心をグッと抑えて心で力いっぱい叫ぶ。

バンド紹介があってからの金のドレスでまた君に恋してるのイントロにのって登場。

階段の上に現れるだけで拍手が沸く。

腕がデコルテが白い。肩が細い。首が長い。顔が小さい。

ビジュアル堕ち。

お着物姿も「ザ・坂本冬美」でかっこいいけど、ドレスではその中身の美しさや神頭身のスタイルが際立つ。中にパンツスーツを着込んでいるからウエストは本来の細さじゃないのがもったいないけど、それでも十分にスタイルの良さが伝わる。

演歌歌手って、着物で隠れているからスタイルはどうでもいい。なんてことないのよ♪(妄想上の冬美ちゃんの声2)

大好きなシュシュポッポタイム。

今日はじめて気づいたら、コーラスに冒頭から「シュシュ!シュシュ!」って入ってた。。。

ロコモーションとVACATIONでのかわいさについては5時間語り明かしたいところ。結果、割愛(泣)※Youtube参照 かわいさに関してはNG集含めてほぼ同義。備忘としてスキーはノルディック(わかる人だけわかればいい)

白い蝶のサンバは細くて長い腕の使い方。そして

♪ちょうちょのように♪

♪ちょう♪

の声!!!!

ズルい。こんな声出せるなんてズルい!

世界中の歌手に嫉妬されるであろう、この女神の一声。

そして、最後にゆっくりとその細く長い腕を自分に巻きつけて目を閉じる。。

完璧。

これはご自分ではチェックしているのだろうか?どんなに完璧かを知ってやっているんだろうか?計算なのか天然モノなのか、その両方なのか。

あの声で、このドレスで、シュシュポッポのあとで、ピンスポ浴びて、この歌を歌って、我々がどういう気持ちになってしまうかをわかってやっているのだろうか。。。。おそろしや。歌姫。

さらに、選ばれし歌姫にのみ歌唱が許される「喝采」

金色のドレスにライトがあたり、素晴らしすぎてもうこのバージョンでしか喝采が脳内再生できなくなってしまった。

最後の

♪それでも 今日も 恋の歌 歌ってる♪

が、悲しくも強く、スターとしてトップ歌手としての覚悟を感じさせる。

まさに坂本冬美にしか許されない歌詞。ほかの誰かが歌えばウソになることが、坂本冬美だからこそ本当の言葉になる。だから喝采は選ばれた人にしか歌うことができない。歌うころはできるけど伝えることができない。だな。

お着換えがあるから、コーダーを残して舞台を去るのがもったいない。しかも最後は小走り気味。大物歌手でありながら、文字通りのフットワークの軽さで次の「坂本冬美」に駆けていく。コンサートならではのこの感じもたまらなく好き。

そして、今回構成でいきなり、なんの前触れもなく、突如として投げ込まれた最強のロックナンバー。「銃爪」

ほんとになんでラインナップに入ったんだろう。しかもキメッキメ。この1曲だけのためにパンツスーツだし。マイクスタンドまで。

♪今夜こそお前を~~~~~ 堕としてみせる♪

の「お前を」のところで客席を本当に撃つんだけれども、島根では最後のこのシーン、乱れ撃ち。もはや散弾銃。そこらへんの人、全員弾あたって深手を負う。攻撃力ましまし。思いついたら迷いなくそういうことする。すなわち大歓迎。んでこっちも応える。「はい!はいはいはいはいはいはい!!」と最前列挙手だらけ。いとおかし。

岡山からはここで休憩ではなく、ここで冗さんの単独トーク。イイ感じ♪

岸壁の母は岡山のレポでも書いたけど、歌いだしの前に息子を探す母の仕草が入った(前からやってるかもだけど私が気づいた)からか、歌声やセリフも母=冬美ちゃんに聞こえて、よりリアル。

以前は、母=端野いせさんに聞こえていたので、お写真で刷り込まれているあの画像の端野さんのことを、冬美ちゃんが「という方がいたんですよ」と伝えている物語に聞こえていました。

それが、今は、冬美ちゃん自体が「岸壁の母」で自分の子供を探して待っているように聞こえています。

極端に言うと、以前の母のセリフは、梅川忠兵衛のお父さん。くらいの年代に聞こえていました。

でもよく考えたら、戦争から戻らなくなった当時のしんじさんの母なら、今の冬美ちゃんくらいの年代でもおかしくない。昔の人は結婚も早いし出産も早かっただろうから。

そう思うと、おばあちゃんじゃなくてお母さん。

二葉先生も冬美ちゃんくらいの年齢のときに歌われていたときには、端野いせさんの代弁じゃなく、先生自身が母として歌われていたのかな?

岸壁の母を聴きながら主人公の母の美しさを感じることって今までなかったけれど、岡山から急に、あの階段上でのあの表情を観たときから急に、細腕一本で息子を育て、戦争に取られてしまったお冬さん。的な。本当に急になんですが、端野いせさんじゃない主人公が浮かぶようになったのです。不思議。

この前、テレビで明治一代女を観たから、その影響かもしれない・・・

以前にも、黄色い着物で岸壁の母を歌っていたときも「美しいなぁ」と思っていたけど、そのときは「岸壁の母を演じているけど、冬美ちゃんやっぱり美しいなぁ」という感情で、どちらかというと煩悩が邪魔して物語に入れなくなるから美しいと思っちゃいかん。的な風に感じていて。それが今回はそうじゃなくて、物語の主人公が美人だということでよりかわいそうにもつらくも感じたという意味。

一度こう感じると、次からもそうなるので(勝手に)以前のもののVTRも観てみよう。

 

さてと、あばれ太鼓!!!

兄貴!!待ってだぜい!!

昨日のサザンのファンの方が「オリジナルはちょっとわからなかった(知らない歌だった)」とおっしゃっていましたが、あばれ太鼓をコンサートで観ていただけたら、それでいい。私はそう自信を持ってお勧めいたします。

このかっこよさは歌詞とか無法松とかわからなくても伝わっちゃうから。

歌詞の意味やら松五郎やらなんか、私、冬美ちゃんのファンになって10年くらい経ってから突如として知って、え??そーゆー話だったの??ってな感じでしたから。

それでもあばれ太鼓かっこよかったもん。

斜めに構えて、軽く太鼓たたく仕草やキメポーズ。細長いシルエット。肘まで伸ばしてピンとした腕で手拍子を煽るあの仕草。んで「んむほ~~!」とか「あ~ばぁああれぇええうぅううちぃ~~~~」とかの節回し。そのあとに少ししかめた顔からパッと笑顔に変わる表情!

きわめつけは最後にパッと腕を開いて拳を握って止まるその姿。

なんなら、そこに髪の生え際に光る汗なんかあったらもう最高!!

わかるとかわからないとか、知ってるとか知らないとかじゃなく、あばれ太鼓のかっこよさって、私にとってはもっと感覚的なもの。

瞬間的なカッコよさが連続して現れて、「声!」「顔!!」「ポーズ!」「首!!」「声!!」「こぶし~~!」みたいに(w え?わからない?そう??

19歳から歌っていて、35年、ずっと歌っているのがあばれ太鼓。それだけでもうカッコよすぎる。

もちろん、あばれ太鼓が一番かっこよく聴けるのはコンサート!!断トツ!

そして「男の火祭り」

マスク着用コンサートになってから、重要度が増したのがこの一曲。

客席が全員マスクですから、大拍手は浴びていても本当にお客様が満足しているのかの距離感がつかみにくい。

でも男の火祭りの「あっぱれ ソーレ!」で拳をつきあげてください。の説明に、本当に2階席の一番後ろのお客様まで全員が参加してくれることによって、このコンサートに前のめりに参加していることがわかる。

振り返ってお客さんを確認しなくても、冬美ちゃんの満面の笑顔を見れば、それが客席と相思相愛の笑顔であることがわかるんです。

まぁ、実際には気になるから振り返って客席観ちゃいますが、100%みんなが拳を突き上げている様子は鳥肌立つほど気持ちいい!!

間奏で「バッチリで~~~~す!」という冬美ちゃんの幸せいっぱいの笑顔を観れば、こちらも幸せバッチリで~~~す!!

 

冗さんのMCのあとは「俺でいいのか」

特に夜の部の俺でいいのかは、とても丁寧でやさしく穏やかで、新曲として歌い始めの頃の新鮮さがよみがえるような、素敵な俺でいいのかでした。

ブッダのように私は死んだのインパクトで俺でいいのかが一気に吹き飛んだような数か月でしたが、ど真ん中直球演歌の俺でいいのかもやっぱりいいなぁ♪そんなことをニヤニヤと感じた瞬間でした。

 

そして「ブッダのように私は死んだ」

やっぱり、私はコンサートでの「ブッダのように私は死んだ」が一番好きです。

テレビでは様々な衣装や演出でその世界観を魅せてくれて、それももちろんかっこいいですが、振袖一丁って感じで系統の全く違う歌も同じ衣装で歌われているのにも関わらず、あの世界観を完全に表現するので、コンサートでのブッダが一番冬美ちゃんの凄さがわかります。

歌声と、少しの指の動き、大きなアクション、作り込まれた表情、つま先まですべての表現方法を使って、あの世界観を伝えてくれます。

35年かけて作り上げたあばれ太鼓と同じように、わずか1か月で、いや初披露したその日にはもうすでに完璧に作り上げられていたのも、この歌に相応しくかっこいい。

演歌の場合は歌い込んでいくうちに味が出る。というパターンもありますが、ブッダに関しては最初から完成形の作品として披露されている。そんな使い分けというか楽曲による表現方法の棲み分けも、坂本冬美さんらしくて、こういうザ・プロ歌手。っていうところもかっこよくて大好きです。

コンサート会場で、初めてこの楽曲を聴く方の為にもしっかりとトークで内容を伝えておくのもかっこいいし、刺激的な歌詞が出てくることを最初から断っておくのも冬美ちゃんらしい配慮だと思います。

演出もスモークが足されてあの世感が増しました。

草履の足がパタパタするのが見えなくなったのは残念ですが、魂感が増したのできっとこのままになるでしょう。

 

ブッダが終わったあとには暗転し、心を一度平常に戻すために琵琶の音色でインターバル。

再び真っ赤なライトに照らされて完璧なポーズからの火の国の女。

ブッダで度肝抜かれたあとに、さらに完璧な坂本冬美をぶつけてくるあたり、新曲が意欲作であっても坂本冬美コンサートの中に飲み込んだ印象を受けたのは、ここでブッダに火の国の女をぶつけたからだと思いました。

それにしてもこのポーズの美しさよ。顎のラインが全く変わらず、冬美ちゃんだけ年齢が止まったよう。美しい・・・・

そして、風うた。

「俺でいいのか」「風うた」両方とも吉田旺先生の作品ですが、大好きです。

特に、先日冬美ちゃん便りで11月23日のお祭りやサンマ寿司のことを読んだので

♪帰りたいけど 待つ人もない はるかな故郷 祭りの頃か♪

とか

♪数えきれない 出会いとわかれ ありがとう ごめんね また逢いましょう♪

のところが沁みまくりました。。。

「風うた」は一度コンサートの構成から抜けましたが、今回戻してくださって本当に嬉しいですし、また、それを決めたのはコロナ以前だったはずなのに、このような状況になったときにラスト2曲に入っているというのがまたご縁を感じ、必要なときに必要な歌に巡り合わせてくれるものだなぁ。と非常に感慨深いです。

 

さあ、ラストは「風に立つ」

昼も夜も

♪それでも ゆかねば ならぬ 道 ♪

ここを全身全霊で覇気を客席に飛ばすような力強い歌唱。

魂、全部もっていけ!!

本気でそう願うと、こうやって魂を飛ばせるから坂本冬美様はすごい。

あの細い身体で、歌唱法とか表現とか芸術とか超えて、本気でそう思って、そうできる。

これは、本当にコンサートに来た人だけが浴びられるものですが、もしかしたら紅白って「風に立つ」なんじゃないかと思ってしまいました。

ブッダを紅白で歌ってくれるのがもちろん嬉しいのですが、こんなに気合いを飛ばして沈み切った気持ちを根っこから支えてくれるような歌唱、坂本冬美さんにしかできないし、これを必要としている方って世界中に今、たくさんたくさんいるから届いて欲しい。

そんなことを思いました。

凄かった・・・・

そんな超人的な「風に立つ」が終わり、夜の部に幕が下りるとき、幕に合わせてしゃがんだ冬美ちゃんが、なんと最前列のファミリーに向かって投げキッスの高速連射!!

慌てて2~3個はキャッチしましたよ!!!!(笑)

 

今年もいろいろ大変だったけど、ありがとね~~~!愛してま~~す!!

きっと、そんな想いを高速投げキッスで伝えるなんて・・・

もう、背骨なんか抜かれまくって身体ぐにゃんぐにゃんですわ。

 

2020年、コロナで悪いことしかなかったって人も多いと思いますが、私は、女神・坂本冬美様のおかげで、最高の1年でした。

コンサートのありがたさも、今まで以上に感じられましたし、どんな状況であっても  坂本冬美さんはご自分の歌でたくさんの人を元気づけようとしてくださる方であったし、我々ファミリーも待つことも、ついていくことも、盛り上げることも、わずかながらでも冬美さんのお役に立つこともできたし、永遠に続く坂本冬美伝説の中の、今でいったら35年のなかのたった1年の出来事。

コンサートが5日間しかなかったんじゃなく、コンサートを5日間もやってくださった。

それも、全身全霊で。待っているお客様に幸せを届けたい気持ちひとつで。

坂本冬美コンサート2020は、とてつもない幸せに包まれて、最高の千秋楽を迎えました!!!

 

 

 

 

 

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