坂本冬美スペシャルコンサートin明治座~二葉百合子(先生)を迎えて~と題された2日間、計4回のコンサート。
一昨年、昨年も同じ時期に同じ明治座で行われているが、今回は特別なことがある。
それは、二葉先生が先日「引退発表」をしたこと。
以前より予定されていたこのスペシャルコンサートが、残念ながら冬美ちゃんと先生の二人で務める最後の場になるかもしれない。その想い抜きにはこの公演のことを語れないだろう。
そして、この二人のストーリーを書き始めたら、コンサートの内容に入るまでにどれだけの文章を書いてしまうかわからないので、敢えて触れないで構成中心に書いてみることにする。
まずは金の緞帳が上がる前の会場は4回とも満員。立ち見や補助席も目に付く。昨今の「また君に恋してる」ブームのせいか、二人の最後のステージになるからか、どちらともの相乗効果か期待感に満ちた雰囲気。
「軽い気持ち」で会場に集まったら、ものすごい重いものを浴びることになるぞ・・・と密かに観客たちを見回してしまう。
通常のコンサートの構成がバラエティに富んで素晴らしいので、そのままの構成を差し引きした内容で進むものと思っていた私は、幕が上がった瞬間、「またしても浅はかだった・・・」と反省した。
舞台上のセットには龍が描かれている。きっと羅生門だ。最近のコンサートでは歌っていない。その曲を敢えてオープニングにもってきている。これは要注意だ。冬美ちゃん、やる気だな・・・
幕が上がった瞬間に暗転の中一人舞台中央に佇む冬美ちゃん。
その立ち姿は、暗くてもよくわかる。気合充分で勇ましく、正面を見据えている。沓掛時次郎を演じるときのような姿と言えばわかるだろうか。切れるような緊張感を背負い、笑顔なく厳しい表情で羅生門を歌い出す。
冬美ちゃんの気合いに押されていると、すぐに間奏になり、殺陣が入る。気合いの塊みたいなステージだ。
羅生門が終わり、一息つくと、いつもの表情の冬美ちゃんに戻る。
ひとしきり挨拶をして、すぐに二葉先生が引退宣言をされた話になる。「精一杯歌います」という言葉はいつでも真実だ。
これから歌う3曲の曲目を聞いて驚いた。2曲目は「風に立つ」、3曲目が「男の情話」そして、「能登はいらんかいね」が4曲目だと言う。
久々に歌うと話した「男の情話」は良いことは覚えているが、生で聴くのはとてもとても久しぶりだった。歌う冬美ちゃんが久しぶりなのだから、聴くほうも当然そうなのだ。オリジナル曲でありながら新鮮味のある選曲。聴く前から期待が膨らむ。
風に立つがはじまると花道方向へ。笑顔で手を振りながら歌うが、サビになると歌には力が入る。3番(2番はないけど)になると中央に真っすぐ正面を向いて立ち、ものすごい歌力でグイグイと心に響く歌唱。
泣きたくもないのに涙ぐんでしまうし、とくに怠けているわけではないけど着合いを注入されてしまう。100%完璧に「人生を応援」されてしまった。
男の情話はイントロから何か懐かしい。リアルタイムでこの歌を聴いていないけれど、古くからのファンにこの歌を愛する人が多い理由がわかった。無条件にかっこいい。男歌だし、ものすごく演歌だけど、リアリティがある。冬美ちゃん自身を歌っているようでもあり、自分を歌われているようでもある。沓掛時次郎で感じた最高の男らしさ、潔さがこの歌を歌う冬美ちゃんから漲っている。心底惚れて間違いない人だ。そう感じる。
能登はいらんかいねで一呼吸。いつでもこの歌は冬美ちゃんも観客もニュートラルに切り替えさせてくれる安定感がある。冬美ちゃんの声の気持ちよさ、メロディの気持ちよさに身をゆだねる。
決めポーズのまま舞台中央からせり下がって冬美ちゃんが退場。
御陣乗太鼓の音に隠れて、桶胴太鼓と三味線、尺八の秀秀さんの登場。
「ここでアジアか・・・」また、やられた・・・と思いつつ、しばし三人の演奏を聞く。
アジアの海賊のイントロが流れて、先ほどの緊迫感とは打って変って最高のスタイル・衣装のアジアの海賊バージョンの冬美ちゃんがこれまた舞台中央からせりあがってくる。
後姿で、もう細い。こんな細い身体でさっきの迫力を出していたのか。いつもながら驚かされる。
振り向くとアジアの海賊を歌うときにだけ見せるどや顔の冬美ちゃんがいる。
ブーツの足でリズムを取りながら、観客のノリを若干気にしながらそれでも勢いに任せよう!とでも言うようにいつでも途中で吹っ切れるような、そんな歌い方がアジアの海賊の定番ではないだろうか。
アドレナリンが絶頂に達するまで歌いきり、暗転した舞台を全力疾走ではけていく。重厚感のある着物姿とは一味違うこの姿が私は好きだ。
薄い幕がおり、二葉先生の語りが始まる。
ストーリーを聞き逃してはいけないと、話に集中する。語り部分ではウシマツ?という男のままならない人生のストーリーだという風な印象を受けた。
豪雨の効果音と二葉先生の浪曲が流れ、それに集中していると知らぬ間に本物の二葉先生が登場している。
ウシマツを先生が、およねという女房役を冬美ちゃんが演じる。
冬美ちゃん演じるおよねがとにかくかわいそう・・・
夫のウシマツが殺人をして逃げているのだが、その間におよねが世話になるはずのウシマツの先輩に女郎屋に売られてしまう。ウシマツの逃走資金を稼ぐためだと頑張っていたのに、突然再会したウシマツにその経緯を信じてもらえずに失意のまま命を絶つ。結局、ウシマツの誤解は晴れるがそのときにはすでに死んでしまっている。ウシマツも後を追う。そんな内容。
内容以外の迫力は、見なければわからないとしかいえない。例えようがない。同じものがないのだから。
はかなく一途な女性を演じきった冬美ちゃんに、ただただかわいそうという感情が沸く。歌声や浪曲うんぬんではなく、ストーリー上のおよねが不憫でならない。そんな感情に胸を満たされたまま休憩へ。
劇場公演のため30分の休憩だから、いったん気持ちの整理ができた。
後半の幕が開くと、白のジャケットに黒のデニム姿の冬美ちゃん。
最近、見慣れたとはいえ、着物やアジアの海賊の衣装のあとに見るこの姿は、やはり同一人物だとなかなか認識できない。
たくさんの姿を見せてくれて、たくさんの表情を見せてくれる冬美ちゃんの中でも、一番身近であり、そして一番新鮮な姿であることが不思議だ。
大ヒット中の「また君に恋してる」。舞台で歌い始めた頃に「難しいから緊張する」と言っていた姿が1年前なのに懐かしい。ここ最近のテレビなどでの出演を記憶にとどめている人の前で、生で歌うのは今でも緊張するのかもしれないが、必ず期待以上の歌唱をするのが冬美ちゃんであることを知らない観客は、その歌唱の素晴らしさに感動している。丁寧な歌い方と必ずくる気持ちよさを、とてもリラックスして聞くことができる。
歌には関係ないが、表情や仕草も洗練され、さらにさらに美しくなっている。
続いて「大阪で生まれた女」
スタイルの良いパンツ&ジャケット姿で熱唱する冬美ちゃんは、比較対象がなくかっこいい。誰しもが憧れる理想の女性であり、人間だろう。素晴らしい。自信たっぷりに、時におでこに眉毛を寄せる表情。その後発せられる声は最高だ。生で見て欲しい。これが冬美ちゃんだ。
雰囲気がガラッと変わって二葉先生登場。「百年桜」。
歌謡浪曲の一声でも「すごさ」は会場を駆け抜けたが、オリジナルの楽曲を聴くと更にその誰とも似ない、誰にもまねのできない声と、声以外でも会場を占拠する説得力に、例外なく圧倒される。
私も何度聴いても同じように新鮮な衝撃を受ける。この衝撃も絶対に聴いた人にしかわからないし、聴いた人ならだれでもわかる。例えようのない歌声の力。そしてその歌声には毎日の努力がとても長い年月積み上げられてきたことがわかる。
「ありがたい」歌声なのだ。
引退発表に関しては、自分の納得できる声、身体の状態のうちに自分で幕引きをしたい。という希望からのことだと、先生の口からお話があり、時折涙で言葉が詰まることからも引退という決断をして間もない状況は、先生にとっても、とてもとても思いいれのある時期であることが伝わってくる。
冬美ちゃんを呼び込んで、しばし師弟トーク。顔を見合わせれば声が詰まってしまうけれど、二人ともプロらしく、お客さんには最大限、今出来る最高の歌を届けなければ。という想いと、これで最後になってしまうかもしれない舞台を大切に想う気持ちとが交錯し、なんともいえない雰囲気が漂う。
祝い酒と冬美ちゃんが歌い、1番と3番の間に先生の浪曲が入る。先生のコブシを噛み締めるようにうなずきながら目を閉じて聴く冬美ちゃんの姿は、寂しさと感謝と・・・これからへの不安と・・・どんな人でもその気持ちを理解することはできても、どうしてあげられることもできない。二人にしか超えてゆけない絆を感じた。
土曜の昼の部は、冬美ちゃんは涙で歌うことができなかったけれど、その後は、先生とも話し合ったようで、とてもとても立派に力強く、でもいつもよりもはるかに切なく、歌いきってくれた。
そんな冬美ちゃんを観ていたら、「これからも一緒に頑張っていきましょう!」って声をかけたくなってしまう。先生とも一緒に、私たちファンも一緒に、そんな真っすぐな冬美ちゃんをずっとずっと応援していきたい。そう思ってしまうのだ。
一呼吸置いて、先生の「岸壁の母」。
何度か聴かせてもらっているけれど、先生の歌声の素晴らしさ、すごさ、そしてそれ以上に物語の意図することが、誰の心にも伝わってくる表現力の素晴らしさ。もう、これも絶対聴かなきゃわからない。語れない。
1区切りごとに巻き起こる、嵐のような拍手。
「こんな素晴らしい歌を聴かせてくれて、体感させてくれてありがとうございます」
それしか・・・ない。
鳴り止まない拍手の中、太鼓が運び込まれて、冬美ちゃんの太鼓。そしてあばれ太鼓。
冬美ちゃんも歌い終わると「素晴らしい岸壁の母のあとに、余韻も残さずあばれ太鼓を歌うのは気が引けるしすみません」と話すのですが、全部の回、素晴らしいあばれ太鼓の歌唱だった。
夜桜お七、紀ノ川、そして火の国の女でフィナーレ。
どの曲も力強く、やさしく、そして伝わる。
先生に恩返しをするかのように、全身全霊で歌う冬美ちゃんを見守ることしかできないが、冬美ちゃんがファンに対してよく使う言葉、「私は歌うことしかできませんが・・・」という言葉が頭をよぎる。
おそらくは先生に対しての気持ちも、冬美ちゃんは歌手として、歌うことで、その歌をとてもとても大切にすることで現すプロの歌手なんだと強く思う。
そんな、精神でつながる師弟愛を歌を通して私たちに届けてくれた素晴らしい時間だった。
アンコールの幕が開き、関東一本〆の「お手を拝借 イョ~~~~っ!!」 パン!!(手拍子)で会場が1つになる。
日曜、夜の部、最終では火の国の女を歌い終えた冬美ちゃんは完全に泣いてしまい、アンコールの幕が上がっても、先生に手をとられていても、泣きじゃくっていた・・・
泣いているのに、普段どおりにトークをする冬美ちゃんを見る先生のやさしい眼差し。
8年間、毎朝欠かすことなく冬美ちゃんから先生に電話をしている話しからは、芸の厳しさよりも二人の人間としての素晴らしさを感じた。
そして、その話しを聞かなくても、二人の歌から、全身全霊をこめた歌声から、私たちは全てを受け取ることができた。
孝行娘の冬美ちゃんが、これから先生にまだまだ恩返しをすべく、真っすぐに歌を歌い続けてくれるだろうが、私は、必ずそのひとつひとつの瞬間を一緒に過ごし、応援していきたいと、強く強く思った。
最後に、先生の歌を聴かせてくれた冬美ちゃんに、冬美ちゃんの歌を聴かせてくれた先生に、ありがとうございました。
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