唐橋ユミさんがパーソナリティを務めるTOKYO FM「NOEVIR Color of Life」
1月2日から23日まで4週に亘って坂本冬美さんがゲストでした
2日は歌手になろうと思ったきっかけから、デビュー曲が「あばれ太鼓」に決まるまでの思い出
津軽海峡冬景色を初めて聴いて石川さゆりさん憧れたお話
中学時代には売れない演歌歌手になるという作文を書いたお話
梅干し会社に就職していたお話
冬美さん「梅干し会社のご近所にカラオケの装置とか小さなステージがあるお宅がありまして、中尾さんっていうんですけど、中尾さんがいつでも歌いに来ていいよって言ってくださいましたので、いつもお弁当を食べてお昼の休憩1時間あるんですが、40分間くらい中尾さんのお宅で歌の練習をさせていただいてたんですね、そうしましたら中尾さんが私の歌を録音してくださって、カラオケの番組とかそういうのに私が知らないあいだに出してくださってたんですよ、梅干し会社も必ず通らなきゃいけない道だったんですねぇ!今思えば、ねぇ!それがきっかけで内弟子となる猪俣公章先生と出会うことになるんですけども」
「勝ち抜き歌謡天国」のお話
内弟子時代には歌のレッスンはほとんどなかったというお話
こんにゃくの切り方を教えてもらったお話
冬美さん「今より10キロ太ってまして、お前これじゃデビューできないって、ダイエットも命じられてたんですが、なにせもったいないじゃないですか作ったラーメン、夜中にそれ食べちゃって、お前なかなか痩せないななんて言われながら、そりゃ痩せませんよ!そういう歌を教えてもらわなかったんですけども内弟子時代でございました」
「あばれ太鼓」がデビュー曲に決まって猪俣先生に「これは流行らない」と言ってしまったお話
♪ブッダのように私は死んだ
9日は忌野清志郎さんとの出会い
冬美さん「私がいるレコード会社はもともと洋楽とかポップス系のものが多くて演歌って結構苦手なレコード会社だったんですね、だからこれできたんだと思うんです、これもうどっぷり演歌のレコード会社だったらまずありえなかったと思うんですね、これをやらせていただくときに一応猪俣公章先生にも報告しなきゃいけないと思って、実はロック歌手の忌野清志郎さんから声をかけていただいてこういうことをやりますって言ったら、(猪俣先生の声音で)俺はわからねぇ!って言われて(笑)この一言で終わっちゃったんですけど(うっふふ)でもそれくらい違うジャンルの方からだったので驚きと・・・でもやっぱり嬉しかったですね」
清志郎さんがシャイだったというお話
冬美さん「会話らしい会話ってあまりしたことがなくって、レコーディングのときも、「ここ唸ってくれる?」「はい」 唸ったとしますねレコーディングのときに、唸ったら、「最高!」 でその後「ここちょっとコブシ回せるかな?」コブシ回すと「最高!」(笑)そんな感じでほとんど単語で会話してたみたいな感じでした」
冬美さん「清志郎さんが私に声をかけてくださらなかったら、今新曲の桑田佳祐さんと出会うこともなかったでしょうし、また君に恋してると出会うこともなかったでしょうし、とにかく演歌以外のステージに上げてくださったのは清志郎さんですから、ほんとに感謝しかないですねぇ」
冬美さん「冬美ちゃんは詩を書かないの?って清志郎さんに聞かれたんで、いえとてもじゃないけど詩なんて書けませんって、そのころFAX!FAXでなんでもいいから書いてみてって言われて、初恋のお話とか色々書いて、何か思い出とかないの?とかっていうんで、FAXでそういうのやりとりして、でそれを歌にすればいいじゃないって言って、一応私なりに書いたんですけど、私のお話しした初恋の話は一応モチーフにはなってるんですが、私の一言も採用されなかったんです(うっふっふ)言葉としては一言もなかったですね(笑)それくらい演歌チックな感じだったのかもしれないですし(笑)私の初恋をモチーフにして「夜空の誓い」という歌を作っていただいたんですけども、「恋人はいない」とかね、でもあとはほとんど清志郎さんが作ったという感じですよね(笑)」
唐橋さん「でもその思いは含まれているというか」
冬美さん「そうですね!たぶん!でももったいないなって思うのは、FAXですから、その文字が消えちゃって何も残ってないんですねぇ!今ねぇそれが残ってたら宝ですよねぇ!」
唐橋さん「ほんとにそうですねぇ!わぁー!でも刻まれていますね」
冬美さん「そうですね私の心の中には」
♪夜空の誓い
冬美さん「この清志郎さんのこの個性的な声と、私のこの自分の歌よりもあえてコブシを回したり唸ったりしてるこの声がなんでこんなに合っちゃうんだろうっていう、こんな個性的な二人が・・・っていう感じでした」
冬美さん「(このレコーディングのときは)これね別録りだったような気がしますねぇ、あの私は私のパートを歌って、で清志郎さんたちはとにかく夜中中おやりになって、私は自分が行ったときに自分の歌だけ歌ってって感じでしたね、細野さんは色々おっしゃらないでニコニコしながらいらっしゃった感じです、だから曲作りっていう意味で私が歌い終わったあとで音を重ねたりとかそっちの作業でお二人が朝までおやりになってたってのは聞きました、私はほんとに歌のみ、とても忙しい時だったので私も、レコーディングに行って何時間かだけ歌って帰るみたいな、あとはお二人が楽しーく音作りをなさってたってのは聞きましたね」
16日は冬美さんがぶつかった歌の壁と二葉百合子先生との出会いのお話
冒頭、唐橋さん「(冬美さんに)私も実際お会いしてみてより身近に感じましたし好きになりました!廻りのスタッフの男性陣もですねファンになってます!」
15周年を終えて体の疲れと心の疲れが重なって引退覚悟で休業したお話
冬美さん「フーテンの寅さんみたいにですねあっち行ったりこっち行ったりしてたんですけども、最初はねぇ私アメリカに旅行に行って、気分転換に・・・その前にまず断髪式をやりまして、お相撲さんと一緒です、髪を結えないようにしちゃおうと思って、短く切ってアメリカに旅行して、戻ってきてからあちこち温泉めぐりしたりとかね、したんですけど、それは数ヶ月の間で、あとは実家の方におりまして」
二葉百合子先生の65周年のリサイタルをTVで見て、先生の歌声に衝撃を受けてお手紙を書いたというお話
二葉先生が「あなたも歌の壁にぶつかったのね」とおっしゃったお話
自分の中に基礎がないというコンプレックスがあったというお話
引きずらないことを覚えたというお話
復帰ステージだったNHK歌謡コンサートのお話
冬美さん「私にとっていい歌って寄り添える歌だと思うんですね、いろんな恋の歌もあれば人生の応援歌もあればほんとに生活の中の歌もあれば、でも何か皆さんの心に寄り添える歌を歌いたいなっていつも思っていますね。二葉先生は人生の応援歌も歌ってらっしゃいますしいろんなタイプの歌も歌ってらっしゃいますけど、先生はやはりこう、例えば私が凄いなと思ったのは「1曲歌うのも20曲歌うのもおんなじよ!」って「準備をするのもおんなじ」「今日は1曲だからこれくらいでいいかじゃなくて、完璧に準備をして誠心誠意その歌を届ける!この気持を忘れちゃダメよ!」っていつもおっしゃいますね」
♪また君に恋してる
23日は桑田佳祐さんとの出会い
冬美さん「人との出会い、歌との出会い、これなくしては私の歌手生活、今年35年目になりますけども、語れないですね!ほんとにそういった出会いのおかげで今につながってると思います」
唐橋さん「坂本さんが引きつけてるところありますもんね」
冬美さん「どうでしょうか?でもほんとにきっと出会いって偶然ではなくってちゃんと必然的に出会わせてくれてるんだろうなって思ってます」
桑田佳祐さんとの出会いのお話
♪ブッダのように私は死んだ
冬美さん「スタジオの中に入らせていただいて、そしたら桑田さんがお歌いになっているデモの音源が、ほぼアレンジも完成した状態で、歌が桑田さんなんです!もう涙は流れるし感動で鳥肌は立つし、2、3回聴かせていただいたあと、今度はギターを片手に私の横で、わぁ~桑田さんだぁ~と思いながら、独り占めです!で桑田さんがギターでこうね「私女だもーん」ここは美空ひばりさんとかちあきなおみさん風に、そして「無理ぃ~でしたぁ~」ここは一番演歌っぽいから都はるみさん風に、そんなイメージでちょっと歌ってみてくださいと、アドバイスをしてくださって、もう感動するから、公私混同で、歌手の私と中学生の私が行ったり来たりしながら、これ一年以上前の話なんですけども、今でも思い出しただけで興奮が蘇ってきますねぇ」
唐橋さん「山本くん叶ったよぉってね言いたいですね」
冬美さん「山本くんにはCDもちゃんとできてね、こうこうこういうわけでこうだよと言ってメールしまして、そして桑田さんとのツーショットのレコーディング風景が新聞に載ったんですね、スポーツ紙に、それを私写メして送ったんですよ!そしたら「買ったよ」って、もうねもの凄く喜んでくれて、ツーショット信じられないって言って、初恋の山本くんのおかげですからねぇ」
冬美さん「(桑田さんのデモ音源を)CDに作っていただいて私持ってるんですけど、私棺に入れてもらおうと思って、これは誰にも渡せませんから、大事に大事に、私だけのものよって感じで」
唐橋さん「桑田さんも嬉しいでしょうねぇ、こんなファンでいてくれて」
冬美さん「でもきっと桑田さんも戸惑ったと思います、演歌歌手からオファーがあるなんていうのは、もちろん今までいろんな方からあったかもしれませんけど、熱烈なラブレターのような手紙を書いてしまって、断るにも断れなかったのかなという感じはあると思います」
自分から動いたのは二葉先生と桑田さんの2人だけというお話
冬美さんの好きな言葉は「明日は明日の風が吹く」
10年後も元気に歌っていたいと
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