百夜行に寄せて

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  • #10683
    マイルス
    ゲスト

    先日発売の百夜行にまた衝撃を受けました。鮎に続く第2弾だそうですが、曲の奥の深さに感動しました。
    荒木先生、いいんでしょうか。奥様の神野さんほっといて冬美さんばかりにこんないい曲下さって・・・。
    でもまあ冬美さんのイメージにぴったりですものね。弦先生ともにさすがいいものを見極める慧眼は素晴らしいと思います。荒木先生、弦先生本当にありがとうございます。
    繰り返し聴いているうちこんなことを考えました。
    女性の心情を歌った演歌、歌謡曲が昔と今とでかなり変わってきたものなあと。
    私は昭和26年生まれで65歳です。今年の3月末で定年退職を迎えます。アンダーの場にはふさわしくないことは重々承知していますが、ごめんなさい、お邪魔させていただきます。
    約50年前、昭和40年代に西田佐知子さんの「東京ブルース」が大ヒットしました。「泣いた女が馬鹿なのか、だました男が悪いのか」「どうせ私をだますなら死ぬまでだましてほしかった」という歌詞の曲です。いわゆる泣き寝入りの曲です。女は弱く、男が強く、女はあきらめるしかすべがないんだと、無理に自分を納得させる悲しい女心を歌った曲でした。この曲に代表されるように、悲しい女心を歌った曲が当時の流行でした。「女のためいき」「女の海峡」「京都から博多まで」等々、まだセクハラ、パワハラという言葉がなかった時代の象徴でした。
    そして、昭和50年代に阿久悠先生が登場し、徐々に自立した女性が描かれるようになっていきました。先生の信条として「どうせ」「しょせん」というフレーズは一切使わないと決めておられたそうです。
    石川さゆりさんの「津軽海峡冬景色」の中の「さよならあなた、私は帰ります」には男に縛られない女の強い決意が込められているそうです。
    あれから50年、冬美さんが歌う「百夜行」の中の「私の心に鬼がいる」は

    #10684
    マイルス
    ゲスト

    すみません。手違いで書き途中で送信してしまいました。続けます。

    男に決して縛られない、強い女の意思を表明していると受け止めました。まさに冬美さんだからこそ、冬美さんにしか表現できない世界観だと思います。
    単に強い女というだけでなく、男の理不尽な態度には断固として戦うが、真心で接してくれるならとことん尽くします、という優しさを兼ね備えた女性を表現されておられるような気がしました。
    まさに冬美さんのそのものですよね。
    こんな聴き方をするのは私だけでしょうか。やっぱり冬美さんは最高です。

    #10685
    りん
    キーマスター

    男性、女性でも、年代や経験でも色んな感じ方ができる歌だなあ。って思います♪
    想像力を掻き立てられるのも、冬美ちゃんの歌唱ならではだと思います♪

    きっと歌う人によっては、ただただ離れて行きそうな人を繋ぎ止めるために、私を捨てたら怖いことになるよ。という思いで歌う人もいるかもだし、相手には届かないけど私ってこんなにかわいそう。って歌う人もいるかもだし。

    何も感じないで歌う人もいるかもですね。(笑)

    私には冬美ちゃんの百夜行は、せつなく聞こえます。
    自分でもこんな気持ちがあるとは知らなかったけど、あなたが好きすぎて醜い感情まで辿り着いてしまったほど。
    こんなにも想っていること、きっと同じ気持ちだと感じていたのに違うなんて。。。
    こんな鬼のような感情を隠してでも、まだ愛されていたい。
    殺してくれるほど、一緒に死んでくれるほども愛されていないなら、だれでも女の心には鬼がいると思って、男と女は違う生き物なんだと思ってやり過ごすしかないかな。。。

    ちょっと脅してでも振り向いて欲しいけど、やっぱりこのことは胸の内に収めておかなければ。。。

    こんな感じに聞こえます(笑)

    妄想すごいですかね?(笑)

    全ての感情や状況を歌詞にせず、余白というか聴く人によって色々に思わせてくれるのが、プロの作詞家の先生で、それをメロディーに乗せることで言葉にはなっていない感情や心を伝えてくれたり。

    男歌よりも女歌のほうが感情が複雑で言葉通りではなく妄想対象になるので、冬美ちゃんの女歌は奥深く聞こえます。

    さらに、冬美ちゃんがこの歌詞やメロディーをどう解釈しているのかも、歌から勝手に感じてはさらに妄想が膨らみます。

    男性でありながら女性の心を歌詞やメロディーにする先生方も、本当に凄いと思います。

    ♪百年の恋なんて♪のところで少し軽快に笑顔になるとき、ちょっと強がってみてるのかな?自嘲気味にこんな感情を持つことを恥じらっているのかな?好きな人には悟られたくないから誤魔化そうとしてるのかな♪とかとか、ここでもまた妄想が広がります。

    小説ではなく詩を読むような、そんな気持ちで聴ける歌だと思います。

    夜桜お七はドラマチックでストーリーや情景が浮かぶような小説っぽい感じ。

    火の国の女は一瞬の感情というか激情を切り取ったような熱い心を感じられる歌。

    そう思うと、鮎や百夜行は詩のように何度も読み返し、聴き返しながらその世界が広がっていくような歌な気がします。

    それぞれ冬美ちゃんが歌っている年代が違うことも興味深く、どれも冬美ちゃんのために作られた楽曲なので、冬美ちゃんの進化とともに冬美ちゃんに提供する楽曲も進化しているのかなぁ。なんてことも思います。

    カバーとはまた違って、冬美ちゃんが歌う女歌の世界がますます広がっていくことも、とってもかっこいいと思います♪

    とかとか語りながらも、リピートして聴いてると、ただただ歌声の響きが音としても心地よくて、ただただ「好きー」って気持ちに支配されたりもします(笑)

    マジメに語っちゃいました(笑)

    #10696
    マイルス
    ゲスト

    りんさん、ありがとうございます。さすが豊かな表現力ですね。感動しました。
    実は大変な過ちを犯していました。
    荒木先生、奥様とのこと何も知らずに大変失礼なことを申し上げました。取り消します。許して下さい。
    また、歌詞を間違えてしまいました。「私の心に鬼がいる」ではなく「女は心に鬼がいる」でした。冬美さん、荒木先生、本当にごめんなさい。
    で、私なりに心の鬼について考えてみましたが、心の鬼は女だけでなく男にもいることに気づきました。
    嫉妬、憎悪、横恋慕等の感情が自分の中の鬼を目覚めさせ、DV、いじめ、暴力・・・果ては戦争まで引き起こす、ほとんどは男の心の中の鬼の仕業です。
    地球を我が物気取りで支配しようとしている、動物から見たら人間こそ鬼ですよね。
    でも、ほとんどの男と女は良心と自制心で心の鬼を封印している、またはその存在にすら気づいていない。
    そんな男の心の鬼に敢然と立ち向かう、女の心の鬼を引き起こさせたのはまぎれもなく男です。
    男の罪深さを実感します。
    でも、そんな男の心の鬼を癒してくれるのも女(の心の鬼)です。
    すべてをわかって心の鬼さえも愛おしく、男と女は愛し合い、支えあって、生きていく存在なんだと思います。
    そんなことを考えながらあらためて冬美さんの「百夜行」を聴いてみると、何とも言えない抱きしめたくなるような女のいじらしさが浮かんできます。
    「ごめん・・・」そう言いたくなります。「こんなに鬼になるほど苦しんでたんだな・・・」そんな気持ちにさえなります。
    冬美さんの歌唱力、表現力はそれほど凄まじい、奥深いものだったんだなあと今さらながら思えます。
    冬美さんについてきて本当によかったと今さらながら実感しています。
    冬美さん、荒木先生、そして弦先生、こんなにも素晴らしい心震わせる楽曲を本当にありがとうございました。

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